大阪中之島美術館では、大阪で13年ぶりとなる大規模な歌川国芳の個展「歌川国芳展ー奇才絵師の魔力」が2月24日(月・休)まで開催中です。好評だった前期展示も終わり、1月21日(火)より約9割の展示作品が入れ替わり後期展示が始まりました。
歌川国芳は、奇想天外なアイデア、そのアイデアを形にする絵の技術力、そしてユーモア精神、いろんな魅力を持つ浮世絵師です。
国芳以前の浮世絵は、美人画、役者絵が二大ジャンルで、国芳の師豊国、兄弟子国貞の独断場になっていました。30代にしてようやく水滸伝を題材とした浮世絵を手掛けるようになって、それが出世作となって人気浮世絵師となります。国芳の武者絵の活躍によって新たに武者絵が人気ジャンルとして江戸庶民に受け入れられました。
3枚続きの大画面に大胆に描かれた武者絵、ユーモアや機知に富んだ戯画、西洋画法を取り入れた風景画など、様々な趣向を凝らした浮世絵はその世界に新風を吹き込みます。
展覧会では、「武者絵・説話」「役者絵」「美人画」「風景」「刷り物と動物画」「戯画」「風俗・情報・資料」「特別展示 肉筆画」と章を分けて観覧します。
歌川国芳の決定版として、大阪では13ぶりとなる大規模店です。後期だけでも多くの目玉作品が展示されているので、国芳の魅力を存分に味わっていただきたいと思います。
国芳は子どもが好きで、自身にも2人の娘がいますが、画塾にも子どもの入塾を許していました。そういうこともあって国芳の武者絵には子どもを描いたものも多いのですが、怪童丸(金太郎)5点、鬼若丸3点、牛若丸1点、桃太郎1点が後期展示されています。
国芳の武者絵が有名になる以前から武者絵のジャンルはありましたが、国芳は大胆な構図とか奇抜なアイデアをもっって武者絵をどんどん進化させていきます。その一つに大判三枚続きがあります。以前は一枚一枚に人物が描かれていましたが、国芳は三枚続きのワイドスクリーンで一つのモチーフを描きます。
子ども武者絵も多数展示
《鬼若丸の鯉退治》の主人公の名、鬼若丸とは、源義経の臣下である武蔵坊弁慶の幼少期の名前です。鬼若丸の鯉退治の場面で、鯉を捕まえる前の緊張の一瞬を描いています。画面右下から突き上げるように出現した巨大な鯉と奔流の圧倒的な力と動き、そして機をうかがってこぶしを握り、足を踏ん張って力をためる鬼若丸。構図の奇想だけではなく、静と動の見事な対比にも要注目です。鬼若丸の小袖は、鯛車、でんでん太鼓、風車など子どものおもちゃづくしの模様で、鬼若丸がまだ幼い少年であることを表しています。
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国芳が40代になる頃、転機が訪れます。天保の改革で、町民などもぜいたく禁止令が下され、美人画、役者絵も禁止されました。浮世絵師にとっても大打撃です。そんな中で国芳は、自分の筆の力で幕府を暗に批評します。表向きは笑いを誘いながら、暗に徳川幕府を批評するような作品を発表しました。判じ絵といいますが、それによって江戸庶民に受け入れられるようになります。
天保の改革を痛快に風刺した「判じ絵」の筆頭格、《源頼光公館土蜘作妖怪図》を展示
国芳の浮世絵の魅力の一つは、幕府の圧政(天保の改革)に抗して描かれた風刺的な作品にとくに色濃く表れる、反骨精神とユーモアセンスです。
その最たる代表例が、《源頼光公館土蜘作妖怪図》です。
この絵の「表向き」画題は、平安時代が舞台の、歌舞伎でも有名な「土蜘蛛」の物語です。病床の源頼光と宿直で碁を打つ四天王たちの背後には土蜘蛛が蜘蛛の糸を操り、様々な化物が出現しています。しかしその実、この作品は、老中水野忠邦が主導した天保の改革を風刺したのではと言われています。四天王のひとり卜部季武の紋が天保の改革を行った老中水野忠邦と同じ沢潟(おもだか)の紋であったことなどから、この絵は天保の改革を暗に風刺したものであるとの浮評が立ち、江戸中の大評判となりました。すなわち卜部季武は水野忠邦、頼光は将軍家慶とされたのです。
背後の化物の群れは、圧政に反発した江戸の庶民たちを描いたと推測され、たとえば、歯の無いお化けが、改革で職を失った噺家(「噺=歯無し」と洒落ている)と重ね合わされました。
物語の登場人物や、背後の化物のひとつひとつが何を示すものかということを推察することに、当時の江戸の庶民は熱中しました。その過熱ぶりに版元は、幕府による取り締まりの危機を感じ、自主的にこの絵の出版を取りやめたと言われています。
表立って何かを表すのではなく、見る人に何が描かれているか、何を意味しているかなどを様々に推察させるような絵画のジャンルを、「判じ絵」と言います。国芳は、笑いの背後に痛烈な批判を潜ませた「判じ絵」を数多く手がけましたが、この作品はその中でも筆頭格です。
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風景画(名所絵)は陰の存在でしたが、北斎、広重の活躍によって江戸後期には人気ジャンルの一つとなりつつあって、国芳も少なからず描いています。
国芳の風景画の特徴は二つ。いわゆる鳥観図でなく場所を歩いている人の目線と、低めの目線で風景を捉えていること、もう一つは、江戸時代後期になるとヨーロッパからの絵が入ってくるようになって、遠近法や陰影を取り入れていくようになります。
「東京スカイツリーが描かれている!」とかつて話題にもなった《東都三ッ股の図》を展示
この作品は、「東都……之図」と題された浮世絵版画シリーズのうちの一つです。隅田川の分流点である三俣の川べりの風景を描いています。画面手前には、腐食を防ぐために舟底を焼く人たちがいて、そこから出る煙は、茶色と灰色で立体的に表現されています。煙は大きくなりながら立ち上り、空に浮かぶ不思議な形をした雲と呼応し合っています。
画面左奥に描かれている、ひときわ高い建造物が「東京スカイツリー」に似ていると、一時期注目されましたが、一説には井戸を掘るための櫓だと推察されています。
「東都……之図」は隅田川沿いの光景を描いたシリーズで、「東都名所」シリーズと並び、洋風表現を積極的に取り入れたことでも知られています。
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戯画とは見る人を笑わせるような絵です。国芳は戯画を描くのが得意で、多くの傑作を生み出しています。単に人々が見て面白いで終わるものでなく、そこには批評精神も含まれています。
戯画が生まれてきた一つのきっかけというのが天保の改革による役者、遊女絵を描くことの禁止令でした。その禁止令を受けてどうしたのかというと、国芳の場合は、動物に役者や遊女のかっこうや表情をさせて描くということやるようになります。
国芳の戯画の手法というのは色々ありますけど、一番大きいのは動物の美人画です。あるいは影絵。影絵になった姿と影絵になる前の姿のギャップを楽しむにも一興です。
江戸版・ガリバー旅行記?戯画の代表作のひとつ
《朝比奈小人嶋遊》を展示
弘化4年(1847)3月、浅草奥山で籠細工の巨大な朝比奈人形の見世物が出ました。この作品は、それを当て込んで描いたと考えられています。朝比奈義秀は鎌倉時代の御家人で、歌舞伎の登場人物としても親しまれた人物。朝比奈人形の巨大さと比較するように、見物客や大名行列などが小さく描きこまれています。この見世物は浅草寺の裏に屋鋪があった六郷兵庫頭から苦情が出て撤去され、さらにこの見世物を描いた図は出版が差し控えられたと伝えられています。
猫を描いた戯画の代表作の一つ、「夏祭浪花鑑」を演じる猫たちを描いた《流行猫の狂言づくし 団七九郎兵衛ほか》を展示
《流行猫の狂言づくし 団七九郎兵衛》は、歌舞伎や浄瑠璃で人気のキャラクターたちを猫が演じる浮世絵版画シリーズ「流行猫の狂言づくし」の中の一作です。画面上段に描かれているのは「夏祭浪花鑑」の団七九郎兵衛、つり船の三ぶ、一寸徳兵衛。中段右は「小稲半兵衛」物の小いな、半兵衛、「近頃河原の達引」の与次郎、下段は「仮名手本忠臣蔵」の斧定九郎と与一兵衛(与市兵衛)が描かれています。つり船の三ぶの着物は「祢古(ねこ)」の模様、与次郎の着物は蛸の模様、口上を述べる猫の裃は小判模様、紋は肉球の形で、芸が凝っています。
ちゃきちゃき江戸っ子・国芳自身が描かれている?
《高輪大木戸の大山講と冨士講》を展示
国芳は画中に自らの姿を描くことが少なく、それもわざと後ろ姿などで描いていました。そんな国芳の作品の中にあって、《高輪大木戸の大山講と富士講》は国芳自身が描かれているとも言われる、貴重な一作です。
この作品は、江戸への入り口である高輪大木戸を画面左に描き、手前には東海道の賑わいを描いています。手前に見える白装束で金剛杖をついた人々は、これから富士詣に赴く富士講の人々です。その奥の群衆は、大工や鳶や火消し風のいでたちから、大山講の人々でしょう。大山へ赴く大山詣は、そうした職業の人々がとくに好んだ行事であり、レジャーでした。
街道沿いの茶屋に下げられた札には「国講中」「芳講中」の文字も見えます。中央の大山講の一群は、国芳の画号にもある「一勇」の提灯をかかげており、国芳が自分自身とその一派を描いたのではとの説もあります。
国芳と推定される人物は、一派の先頭に立ち、右の一派と喧嘩腰で言い合っています。国芳は典型的な江戸っ子で、べらんめえ調で喋り、火消し達とも仲良くしていました。火事の際には自ら現場に飛び出て、消火を手伝ったという言い伝えもあります。この作品は、自分自身の威勢のいい江戸庶民の一員として描くことで、自らの生き方と彼らへの共感を大に表しているかのようです。
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【開催概要】
展覧会名:歌川国芳展ー奇才絵師の魔力
会 期:2024年12月21日(土)~2025年2月24日(月・祝)
休 館 日:月曜日 ※2月24日(月・休)は開館
開場時間:10:00~17:00(入場は16:30まで)
観 覧 料:一般 1,800円(団体 1,600円)
高大生 1,500円(団体 1,300円)
小中生 500円(団体 300円)
※税込価格。
※本展は、大阪市内在住の65歳以上の方も一般料金が必要です。
チケット販売場所:展覧会オンラインチケット(etix)、大阪中之島美術館チケットサイト、
美術展ナビチケットアプリ、ローソンチケット(Lコード:53060)、
セブンチケット(セブンコード:108‐132)、チケットぴあ(Pコード:687‐068)、
イープラス、アソビュー!、ローソン各店舗
セブンイレブン各店舗、ファミリーマート各店舗など
会 場:大阪中之島美術館 4階展示室
主 催:大阪中之島美術館、読売新聞社
協 賛:岩谷産業、SNBC日興証券、きんでん、清水建設、大和ハウス工業、非破壊検査
協 力:ギャラリー紅屋
美術館公式ホームページ:https://nakka-art.jp
展覧会サイト:https://kuniyoshi2024.jp
展覧会公式Ⅹ:@kuniyoshi2024
お問い合わせ:06‐4301‐7285 大阪市総合コールセンター(なにわコール)
※受付時間 8:00~21:00(年中無休)